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大分地方裁判所 昭和63年(ワ)559号 判決

原告

曽根崎幸人

被告

中山隆義

ほか一名

主文

一  被告中山隆義は、原告に対し、金五五四万七一二〇円及びこれに対する昭和六一年九月二八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告日動火災海上保険株式会社は、原告に対し、金二四三万円を支払え。

三  原告のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は、これを四分し、その三を原告の負担、その余を被告らの負担とする。

五  この判決の第一、二項は、仮に執行することができる。

事実

第一原告の請求

一  被告中山は、原告に対し、金三一三〇万八〇七二円及びこれに対する昭和六一年九月二八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告会社は、原告に対し、金一三五九万円を支払え。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

(一) 日時 昭和五八年一〇月二日午後一一時五五分頃

(二) 場所 大分県大分郡庄内町東大津留一四〇番地先路上

(三) 加害車両 被告中山運転の軽四貨物自動車

(四) 事故態様 事故現場路上に立つていた原告に加害車が衝突した。

2  責任原因

(一) 被告中山は、加害車を保有し、これを自己のため運行の用に供していたから、自賠法(自動車損害賠償保障法)三条により、本件事故から生じた損害を賠償する責任がある。

(二) 被告中山は、加害車につき、被告会社との間で、自動車損害賠償責任保険契約(本件事故日はその保険期間内である。)を締結していた。

よつて、被告会社は、自賠法一六条一項により、保険金額の限度において、本件事故による損害賠償額の支払をする義務がある。

3  傷害、治療経過等

(一) 原告は、本件事故により、頭部外傷、顔面打撲、左眉毛部挫創、左胸部・腰・臀部打撲、右膝部打撲擦過創、頸髄不全損傷の傷害を受け、昭和五八年一〇月三日から同六一年九月二八日まで大分中村病院に入院し治療を受けた。

(二) 原告の傷害は、昭和六一年九月二八日頃症状固定し治癒したが、頸髄不全損傷による後遺症のため、両下肢及び左手指に強度の運動障害があり、右後遺症の程度は、自賠法施行令別表の第二級三号に該当する。

4  損害

(一) 入院雑費 金一〇九万二〇〇〇円(一日当り一〇〇〇円で一〇九二日分)

(二) 付添看護費 金八一万円

入院期間中一八〇日につき妻の付添看護を要した(一日当り四五〇〇円)。

(三) 休業損害 金五三八万八四三六円

原告は、本件事故当時七一歳で、山林業に従事していたが、なお少なくとも平均余命の二分の一である五・五五年は事故前と同様に就労し得たと考えられる。

そして、原告の平均年収は、六五歳以上の男子労働者の平均年収の六〇パーセントとみるのが相当で、賃金センサスによればその額は一八〇万一〇八〇円となる。

そうすると、原告が、本件事故後症状固定までの約三年間(昭和六一年九月二八日までの一〇九二日間)に就労できなかつたことによる休業損害の額は五三八万八四三六円となる。

(四) 逸失利益 金四二一万三九五〇円

前記のとおり、原告は、症状固定の昭和六一年九月二八日以後もなお二・五五年稼働可能であつたところ、後遺症のため労働能力を全部喪失したので、この間の逸失利益の額は、ホフマン式により中間利息を控除し四二一万三九五〇円となる。

(五) 慰藉料 計金一八五〇万円

(1) 入院慰藉料 金三五〇万円が相当である。

(2) 後遺障害慰藉料 金一五〇〇万円が相当である。

(六) 症状固定後の介護費用 金五四七万三六八六円

原告は、前記後遺障害のため、症状固定後も将来にわたり妻の介護を必要とし、その費用は一日二〇〇〇円、年額七三万円が相当である。

症状固定時原告は七四歳で、その平均余命は九・三三年である。

そうすると、原告の介護費用の現価額は、ホフマン式により中間利息を控除し、五四七万三六八六円となる。

(七) 損害額計 金三五四七万八〇七二円

(八) 損害の填補

原告は、自賠責保険から、後遺障害補償として四一七万円の支払を受けた。

(九) 損害の残額 金三一三〇万八〇七二円

5  よつて、原告は、被告中山に対しては、右損害残額三一三〇万八〇七二円及びこれに対する昭和六一年九月二八日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払を、被告会社に対しては自賠法による後遺障害等級二級の保険金額一七七六万円(本件事故当時)から前記支払額四一七万円を控除した残額一三五九万円の支払を、それぞれ求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1、2は認める。

2  同3の(一)は知らない。

同3の(二)は争う。原告の後遺障害の等級は九級三号が相当である。

3  同4のうち(八)は認めるが、その余は争う。

三  被告らの主張

原告には、本件事故前から変形性頸椎症、変形性膝関節症の既存症があつたもので、原告の入院治療が長期間に及んだのは、これらの既存症のためである。

また、原告には、本件事故前から頸椎後縦靱帯骨化症が存し、その程度は中等度ないし高度に達していた。そして、右頸椎後縦靱帯骨化症が存したがために原告に頸髄不全損傷が生じたものである。

よつて、本件事故と原告の頸髄不全損傷との間には因果関係はない。仮に因果関係が認められるとしても、原告の既存症(頸椎後縦靱帯骨化症)がその発生に寄与したもので、その割合は八〇パーセント以上とみるのが相当である。

四  被告らの主張に対する原告の反論

被告らの主張は争う。仮に頸椎後縦靱帯骨化症が頸髄不全損傷の発生に寄与したとしても、その割合は二〇パーセント程度にとどまるものである。

理由

一  請求原因1、2(事故の発生、被告らの責任原因)は争いがない。

二  次に原告の傷害、後遺症等について検討する。

1  甲第二、四ないし八、一五、一六号証、乙第二、六、七号証、証人井口竹彦の証言、原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すると、原告は、本件事故によりその主張のとおり(請求原因3の(一))の傷害を受け、入院治療したこと、原告の傷害の主なものは頸髄不全損傷であつたこと、現在、頸髄不全損傷による後遺症のため、両下肢及び左手指に運動傷害があり、テーブル等の器物につかまつてでないと座位から立ち上がるのが困難で(もつとも、身体の調子のよいときは可能)、歩行も、屋外では松葉杖を使用しないと歩けず、かつ休みなしに歩ける距離は六、七百メートルくらいで、それも三〇分くらいかかることが認められる。

2  ところで、被告らは、本件事故と原告の頸髄不全損傷との間の因果関係を争うので、この点を検討する。

乙第七、八号証、井口証言、原告本人の供述を総合すると、X線写真の所見では、原告には、本件事故前から頸椎後縦靱帯骨化症があり、それによる脊柱管狭窄の存したことが認められ、その程度は中等度ないし高度のものであつたこと、一般に、頸椎後縦靱帯骨化症は加齢によることが多く、脊髄を損傷して種々の症状を生じることもあるが、何らの症状も生じない場合もあること、しかし、頸椎後縦靱帯骨化症が存すると、強い外力を受けたときに頸髄不全損傷等の脊髄の傷害を起こす可能性が大きいこと、原告の場合、本件事故(当時七一歳)までは、頸椎後縦靱帯骨化症に起因するような格別の症状はなかつたことが認められる。

右事実に乙第七、八号証の記載及び井口証言を併せ考えれば、原告の場合、従前から頸椎後縦靱帯骨化症が存したところ、これに本件事故による衝撃が加わつたために頸髄不全損傷が生じたものと認めるのが相当である。

そうすると、本件事故と原告の頸髄不全損傷との間には因果関係があるものというべきであるが、右のとおり、原告には、もともと頸椎後縦靱帯骨化症という既存症があり、これが頸髄不全損傷の発症の原因の一つとなつていることも否定できない。そして、原告の頸椎後縦靱帯骨化症は中等度ないし高度のものであつたこと、しかし、七一歳になる事故当時までこれによる格別の症状がなかつたことなどを勘案し、本件事故の頸髄不全損傷の発症についての寄与度は六割とみるのが相当である。

したがつて、被告中山は、右限度で、本訴請求につき損害賠償の責任があるというべきである。

3  なお、井口証言によると、X線写真の所見では、原告には本件事故以前から存したと思われる変形性脊椎(腰椎)症及び右膝の変形がみられることが認められるけれども、右証言及び原告本人の供述によると、原告には、本件事故以前には右変形性脊椎症等に起因すると思われる格別の症状はなかつたし、本件事故後の原告の症状もこれらが原因となつたものとはいえないことが認められるので、被告中山の責任の範囲を定めるにつき、これらの既存症は考慮しないことにする。

三  そこで、次に原告の損害について検討する。

1  入院雑費 金六五万五二〇〇円

入院期間が一〇九二日と長期間であることを考慮し、一日当り六〇〇円が相当と認める。

2  付添看護費 金五四万円

甲第六号証、原告本人の供述によると、原告は、入院中一八〇日につき付添看護を要し、原告の妻がこれにあたつたことが認められ、その付添費は一日当り三〇〇〇円が相当と認める。

3  休業損害及び逸失利益

甲第一〇、一一、一二号証、原告本人の供述によると、原告は昭和四三年まで大分県庁に勤務し、その後昭和五六年まで森林組合の役員を勤め、同年頃から自己が管理する山林に檜等の植林をする作業をしていたこと、本件事故後は、入院治療並びに後遺障害のためその作業に従事することができなくなつたことが認められる。

しかし、本件事故当時は、まだ、右植林からの収入はもちろんなかつたし(原告は年金で生活していた。)、将来の収益から原告の植林作業の価値を推し量る資料もなく、それに事故当時七一歳という原告の年齢を考慮すると、休業損害及び逸失利益として原告の損害を認定することは相当ではなく、この点は慰謝料の算定において斟酌することにする。

4  慰謝料 計金一五〇〇万円

(一)  入院慰謝料

本件にあらわれた諸般の事情に右3で述べたことも考慮し、四〇〇万円が相当と認める。

(二)  後遺障害慰謝料

原告の後遺障害は、自賠法施行令別表の五級二号に該当するものと認めるが、右3の事情並びに原告の年齢等を総合勘案し、後遺障害慰謝料は一一〇〇万円が相当と認める。

5  症状固定後の介護費用

原告本人の供述によつても、症状固定後の原告の症状が特に介護を要するようなものとは認めにくいので、そのための費用を損害として認めることはできない。

6  以上の損害の合計は一六一九万五二〇〇円となるが、前示のとおり、本件事故の寄与度に応じ、その六割の九七一万七一二〇円(後遺障害分は六六〇万円)が賠償すべき額となる。(なお、本件については、すでに被告らにおいて支払ずみの治療費関係の損害に関しては、寄与度による減額を考慮しない。)

7  損害の填補

原告が自賠責保険から四一七万円(後遺障害分として)の支払を受けたことはその自認するところであるから、これを控除し、残額は五五四万七一二〇円(後遺障害分二四三万円)となる。

四  そうすると、原告の本訴請求は、被告中山に対し右損害残額五五四万七一二〇円及びこれに対する本件事故後の昭和六一年九月二八日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で、また被告会社に対しては、右のうち自賠責保険金額の範囲内で後遺障害分の損害残額二四三万円の支払を求める限度で、理由があるからこれを認容し、その余を失当として棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判官 柴田和夫)

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